<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>ちゃいにーずきゃべつ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://superbyt.com/atom.xml" />
   <id>tag:superbyt.com,2012://1</id>
   <updated>2012-02-12T19:00:03Z</updated>
   <subtitle>キャベツ？</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.36</generator>

<entry>
   <title>姿勢を保つための筋肉</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2012/02/post_49.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2012://1.249</id>
   
   <published>2012-02-12T09:58:37Z</published>
   <updated>2012-02-12T19:00:03Z</updated>
   
   <summary>壮年体力テストの結果をみても、垂直跳びの成績は年齢とともに急激に低下していきます...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      壮年体力テストの結果をみても、垂直跳びの成績は年齢とともに急激に低下していきます。


ところが、握力のような持久的な筋力の低下は比較的ゆるやかなのです。


このことは、重い頭を支えて立ち上がり、行動する人間にとって、非常に重要なことなのです。


姿勢を保つための筋肉は、姿勢起立筋ともよばれ、背中の深いところにあって背骨を支えています。


この筋肉は遅筋繊維が多いので、疲労しにくく、反射的にゆっくり収縮を繰り返しながら姿勢を保っているのですが、それにも限度があって、長時間、同じ姿勢を強いられているうちに疲労がたまってしまい、頑固な肩こりや腰痛に悩まされることになるのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>身体運動の主役</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2012/01/post_48.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2012://1.248</id>
   
   <published>2012-01-15T09:58:15Z</published>
   <updated>2012-01-15T19:00:04Z</updated>
   
   <summary>身体運動の主役である筋肉は骨格筋と呼ばれ、この筋肉のほとんどがそれぞれの意志によ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      身体運動の主役である筋肉は骨格筋と呼ばれ、この筋肉のほとんどがそれぞれの意志によって動かすことができることから、随意筋ともいわれています。


この骨格筋の横断面を顕微鏡で見ると、白い筋繊維と赤い筋繊維を見ることができます。


白い筋繊維は、すばやい動きを必要とする部位や、あまり大きな力をだす必要のない部位に多く、速筋とよばれ、体表面に近い筋肉に多く見られます。


赤い筋繊維は、動作は遅いが大きな力を必要とする部位や、深いところに多く、骨を支える働きをします。


こちらは、遅筋とよばれています。


二つの筋繊維の割合は、個人差があると同時に、年齢とともに速筋繊維の割合が少なくなり、瞬発的に力をだす動きや敏捷な動きが苦手になってきます。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>筋持久力をつける</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/12/post_47.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.247</id>
   
   <published>2011-12-10T09:57:59Z</published>
   <updated>2011-12-27T19:00:03Z</updated>
   
   <summary> 生まれたばかりの赤ちゃんのからだをそっと支えて、足が床に触れるようにしますと、...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      
生まれたばかりの赤ちゃんのからだをそっと支えて、足が床に触れるようにしますと、まるで歩いているかのように、足を交互に動かします。


これは、外からの刺激に対して起きる原始反射のひとつで、自動歩行といわれています。


まもなく、この反射は消えて、生後一年半ごろまでには、自分の重たい頭を支えて立ち上がり、赤ちゃんは、ヨチョチと歩けるようになるのです。


人間の赤ちゃんは、なんと一年半もかけて立ちあがり、歩く準備をします。


寝返りができるまでの約半年の間のなにげない頭の動き、手足の動きが、徐々に統合されていき、首がすわり、やがて膝のうえにおすわりする。


あどけない顔をこちらに向ける。


半年を過ぎた頃から、コロンとみごとに寝返りをし、はいはいをし、つかまって立ち上がる。


一人で立ったときの得意顔。


そして、あぶなっかしげに歩きだす。


人間の一生でこれほどドラマチックな感動のシーンはないのではないでしょうか。


確実にひとつ、ひとつのステップを踏んで、自分の力でたちあがっていく姿に、大人はただただ感動するのです。


このように私たちはみな、重い頭を支え、重い両腕をぶらさげて立ち上がった時から、姿勢を支える筋群を常にトレーニングしていかなければならない宿命を持ったのだと思われます。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>具体的な運動</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/11/post_46.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.246</id>
   
   <published>2011-11-02T08:55:36Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>有酸素運動では、筋肉で運動のエネルギーをつくるために、多量の酸素が必要になります...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      有酸素運動では、筋肉で運動のエネルギーをつくるために、多量の酸素が必要になります。


「酸素を必要とすること」が、呼吸循環器系の機能を働かせることになるのです。


具体的な運動としては、からだの中で最も大きな骨格筋群、すなわち、大腿を中心に下肢を持続的に動かす運動、歩いたり、ジョギングしたり、泳いだり、自転車に乗るなどの運動を一五分以上続けることが基本になります。


これらの運動を日常化できる方法をそれぞれの生活の中に創りだしていくことこそ、成人病を予防し、いつまでも行動力のある体力を維持するポイントなのです。


通勤・通学の往復や日常の買物に歩く時間をかならずいれるとか、できるだけエレベータi、エスカレターを利用しないなど、実行あるのみです。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>有酸素運動</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/10/post_45.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.245</id>
   
   <published>2011-10-07T08:55:01Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>心臓・血管系機能を高める有酸素運動(エアロビクス)を(*･ω･)ノ 運動不足の現...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      心臓・血管系機能を高める有酸素運動(エアロビクス)を(*･ω･)ノ


運動不足の現代人にとって、健康づくりに必要な条件は、第一に成人病を予防することでしょう。


日本人の死亡原因の第一位である癌は、まだ不明な点も多いのですが、二位・三位の心臓病や脳卒中は、心臓・血管系機能の障害といえます。


エアロビクスと成人病予防については、第二章で述べたのでもう、おわかりいただけたと思うのですが、健康づくりには、心臓・血管系機能に適度の負荷を与える運動、つまり有酸素運動を選ぶべきでしょう。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のいろんな出来事　４</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/09/post_43.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.228</id>
   
   <published>2011-09-02T07:24:22Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>梅は梅干しに象徴されるように、日本人の食生活とは切り離せない果実ですが、もとは中...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      梅は梅干しに象徴されるように、日本人の食生活とは切り離せない果実ですが、もとは中国からの伝来といわれます。


かの漢方の名著『本草綱目』の著者、李時珍も「梅は衆味を媒合す」と書いているように、梅の果肉がもつ酸味は、料理にもオールマイティな効力を発揮したわけです。


世界の三大料理といわれる中国料理、フランス料理、日本料理のうちで、もっともシンプルに、そして素材の本来の味を崩さずに調理するのは日本料理といわれます。


この日本料理の原点が「塩梅」であったとは、じつに心楽しくも「いい塩梅」というわけです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のいろんな出来事　３</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/08/post_42.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.227</id>
   
   <published>2011-08-02T07:24:01Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>物事の加減のほどを「いいあんばい」とか「あんばいが悪い」などといいます。 漢字に...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      物事の加減のほどを「いいあんばい」とか「あんばいが悪い」などといいます。


漢字にすれば「塩梅」となるわけで、塩と梅とによって事の状態を判断するとは、じつにユニークな発想です。


江戸時代の有職故実書『貞丈雑記』には、古代からの日本の料理の調味について、「あんばいといふは塩梅の二字なり、上古は味噌、醤油も酢もなし、塩と梅をもって味を調へたる故、塩梅といふなり」とあります。


原始時代には、この塩さえもなく、海水を使って味を調えたといわれます。


ここから塩の発見がなされ、濃化し、乾燥させた粗製塩が手づくりされることになったのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のいろんな出来事　２</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/07/post_41.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.226</id>
   
   <published>2011-07-02T07:23:37Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>平安時代、牛乳を煮つめてつくる「蘇」という食べものがあったともいわれ、永山氏はそ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      平安時代、牛乳を煮つめてつくる「蘇」という食べものがあったともいわれ、永山氏はそのつくり方も紹介しています。


食べた限りでは、現代のチーズケーキをはるかに上まわるおいしさとか。


以下そのつくり方をお教えしましょう。


まず、鍋に牛乳を八分目入れ、弱火でコトコト煮ます。


誰でも経験あるように、牛乳が熱くなってくると表面にタンパク質の皮膜ができます。


この膜を嫌って、よく捨ててしまう人がいますが、この場合はとり去らずに、木ベラでなかにもぐり込ませ、さらにトロ火で煮つめます。


牛乳が３分の１程度にまで煮つまる頃、白色は黄色からかっ色へと変化していき、しだいにキャラメルのような香ばしいにおいが漂いはじめます。


これをさらに煮つめると、手で握れるほどのかたまりになってきます.濃かっ色のまさにキャラメルとみまこうばかりの状態です。


これで「蘇」ができました。


さて、平安朝貴族の高級食は、いかなる味でありましょうか。



      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>二神</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/06/post_44.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.242</id>
   
   <published>2011-06-13T04:21:03Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>山幸彦は当惑し、海辺で途方に暮れた。 すると、塩椎神という神が現われ、海神の娘に...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      <![CDATA[山幸彦は当惑し、海辺で途方に暮れた。


すると、塩椎神という神が現われ、海神の娘に頼んでみれば、なんとかしてくれるだろうと伝えて、舟を貸してくれた。


山幸彦はワラをも掴む思いで舟に乗り込みました。


波に任せて漂ううちにやがて海神の宮殿にたどり着く。


そこで彼を迎えたのは海神・綿津見神の娘、豊玉毘売だった。


二人は互いに一目ぼれして電撃的に結婚することになります。


二人は幸せな日々をすごし、あっという間に三年の月日が過ぎてしまった。


その間になくした釣針も見つかったので、山幸彦はすぐに迎えに来ると約束して、先に故郷に帰ることにした。


兄のもとに帰った山幸彦は元の釣針を返そうとした。


しかし、それでも海幸彦は弟を許そうとしない。


理不尽な態度に腹を立てた山幸彦は兄を懲らしめてやろうと決意する。


そこで、海神の娘から授かった、ある呪文を唱えて兄に針を渡したのです。


すなわち「この針は貧乏の針、悲しみの針」という意味の言葉を唱えて、後ろ向きに兄に針を渡したのです。


以降、兄の身にはさまざまな災いが降りかかったといいます。


これには兄の海幸彦も閉口して降参し、山幸彦の孫子の代までその一族に仕え、守護神となることを誓うのです。


この海神の娘に授かった言葉が「トコヒ」であるというのです。


懸案の針に言霊の霊力を移し込め、それをもった海幸彦に不運を呼び込んだのです。


また、後ろ向きに渡すというのは、自分が不運をこうむらないための呪術的意味相があったとも考えられます。


さらに『古事記』には典型的な「トコヒ」の話がみられます。


ちなみに占いについては、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話の占いサービス</a>が気になっています。

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のいろんな出来事　１</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/06/post_40.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.225</id>
   
   <published>2011-06-02T07:23:15Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>平安時代にも、すでに乳製品の文化がありました。 というより、奈良時代に記述された...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      平安時代にも、すでに乳製品の文化がありました。


というより、奈良時代に記述された『日本書紀』のなかに、「牛酒」という言葉がみられるのです。


食文化史研究家の永山久夫氏によれば、牛酒とは、アジア大陸の遊牧騎馬民族独特の酒クミスのことではないかと推定されるほどで、真偽のほどはおくとして、日本の乳製品の歴史は、意外に古いことになります。


牛乳は当時、食品というより薬品の意味合いが強かったらしく、貴族たち上流階級しか口にできなかったようです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>旅はいいな～　４</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/05/post_39.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.191</id>
   
   <published>2011-05-07T07:39:33Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>駅で乗客がたくさん降りて、窓側の席が空いた。 釧網本線は標茶までは北北東に進んで...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      駅で乗客がたくさん降りて、窓側の席が空いた。


釧網本線は標茶までは北北東に進んできたが、ここから向きを変え北北西に進みます。


つぎの磯分内も変な当て字で、海から遠いのに磯の字を使っているのがおかしい。


アイヌ語の「イソポ・ウン・ナイ」は海とは関係なく、(ウサギのいる川)で、昔はこのあたりにたくさんウサギがいたらしい。


登り勾配になって、弟子屈町に入り南弟子屈を過ぎて、摩周に向かいます。


このあたりの地名を熊牛といいます。


熊と牛がでてきていかにも北海道らしいが、「クマ・ウシ」というのは(魚を干す棚のあるところ)の意味だといいます。


その熊牛原野を走って、列車は摩周に着きました。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>旅はいいな～　３</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/04/post_38.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.190</id>
   
   <published>2011-04-02T07:39:22Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>五十石とは、現在でいうと9トンくらいです。 この五十石にしても茅沼にしてもそうだ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      五十石とは、現在でいうと9トンくらいです。


この五十石にしても茅沼にしてもそうだが、以前は行き違いのできる相対式ホームの駅でした。


現在では片一方の線路は撤去されてしまって、寂しい無人駅になっています。


五十石の駅舎は古くなった貨車を改造していて、壁には釧路川をイメージした絵が描かれています。


五十石から先は耕地や民家も次第に増えてきて、このあたりの中心地である標茶に着きました。


標茶駅は標茶町の中心にあります。


以前は、ここから野付半島の手前の根室標津まで行く標津線が分岐していたが、現在は釧網本線の中間駅となりました。


標茶というのも面白い当て字をしたものだが、アイヌ語の「シ・ペッ・チャ」は(親川の川ぶち)を表し、つまり釧路川のふちにあることに由来しています。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>旅はいいな～　２</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/03/post_37.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.189</id>
   
   <published>2011-03-02T08:39:09Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>川湯温泉行きが到着すると、ノロッコ号が釧路へ向かって発車していった。 川湯温泉行...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      川湯温泉行きが到着すると、ノロッコ号が釧路へ向かって発車していった。


川湯温泉行の列車からノロッコ号に乗りかえた客もいた。


川湯温泉行の列車も1両で乗車率はよく、窓側の席はほとんどふさがっていました。


わたしは通路側の席に座った。


標茶ですいてくるでしょう。


わたしは窓側の客を気にしながらも、なるべく外を見ていました。


茅沼を過ぎると湿原も終わりに近づく。


そしてようやく五十石あたりで途絶える。


五十石という名は、明治時代に川湯の硫黄山で採れる硫黄を運び出すための五十石船が、このあたりまでさかのぼってきたのでついた名前だといいます。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>旅はいいな～　１</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/02/post_36.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.188</id>
   
   <published>2011-02-02T08:38:11Z</published>
   <updated>2011-12-16T08:56:57Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。以前北海道に行きました＾＾ その時の話を・・・☆ 釧路から乗る列車は...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      こんにちは。以前北海道に行きました＾＾


その時の話を・・・☆


釧路から乗る列車は15時33分発の普通列車根室行を予定していました。


ノロッコ号に乗っていくと釧路で時間を持て余す。


ノロッコ号のつぎの釧路行は12時30分で、これだと塘路で1時間することがない。


いろいろ考えながら二股展望地のある方向を眺めていたら、列車がやってくるのが見えました。


急いで時刻表を調べる。


11時40分発の川湯温泉行だ。


これに乗って川湯温泉まで行き、そのまま折り返しの列車に乗って釧路に戻ると、14時54分着。


ちょうどいい。


駅や喫茶店で時間をつぶすより、少しでも列車に乗っていたほうがいい。


もちろん東京での山手線や中央線だったら逆であるが、ここは北海道。


大自然の中を走る列車です。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のこども向け番組　９</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://superbyt.com/2011/01/post_33.html" />
   <id>tag:superbyt.com,2011://1.142</id>
   
   <published>2011-01-07T04:46:17Z</published>
   <updated>2011-08-22T09:03:37Z</updated>
   
   <summary>このアニメが作られたころ、じっさい当時の子どもたちの周りにあったのは、マッハ号と...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://superbyt.com/">
      このアニメが作られたころ、じっさい当時の子どもたちの周りにあったのは、マッハ号とは大違いの、とてつもなくヤボったい車ばかでした。

もちろんハンドルの中心を押しても、ギズモ号が飛ひ出したりはしない。

ただクラクションが鳴るだけ。

当時の幼い子どもたちは、大きくなるころには、マッハ号みたいな車が実際に街を走り回ると思っていたものだったそうです。

でも、いまだマッハ号並みの楽しい機能がついた車が開発されたとは聞かないし、マッハ号の代わりとして満足がいくような車は、とっても高いのでそう簡単には買えない。

だから、いつも車に乗るときは、発進のたびに「ゴーッ!」と口のなかでつぶやいて、自分が三船剛になったような気分にひたっているのです。

      
   </content>
</entry>

</feed>

